
長野県富士見町にある井戸尻考古館には、井戸尻遺跡群で出土したカエルやヘビなどを模したとされる具象的な文様、複雑な立体造形が特徴の土器が多数展示されいます。どれも圧倒される造形美で縄文時代中期土器の傑作ばかりです。
約2年ぶりに、長野県富士見町の『井戸尻考古館』を再訪しました。
実は前回、上高地の帰りに立ち寄ったのですが、その時は不運にも腰を痛めてしまい……。真っ直ぐ立つことすらままならない状態で、「せっかくここまで来たから」と無理やり見学した苦い記憶があります。
今回はそんな前回のリベンジ。そして「どこか遠くへ出かけたい」という素直な気持ちに従って、再びハンドルを握りました。
千葉から中央自動車道を走り、八ヶ岳を正面に望むこと約3時間半。大きな渋滞にも巻き込まれず、スムーズに到着。そこには、日本の原風景を思わせる美しい里山の景色が広がっていました。
穏やかな風景に心癒やされながら、井戸尻考古館が誇る素晴らしい縄文土器の数々と、じっくり向き合ってきました。


井戸尻考古館|時を忘れて見入ってしまう、縄文土器の美しき世界
井戸尻考古館の入館料は、大人300円、小・中学生150円(団体割引あり)。この料金で、隣接する『歴史民俗資料館』もあわせて見学できるのが嬉しいポイントです。
ここ八ヶ岳山麓にある遺跡群は、今からおよそ5,000年前、「井戸尻文化」と呼ばれる縄文文化の黄金期を築いた中心舞台でした。
展示されている土器の最大の特徴は、単なる生活道具の枠を超えた、立体的でダイナミックな造形と文様です。その圧倒的な美しさに、私も含め、訪れる多くの人が心を奪われます。
しかし、これらは単なる「装飾」ではありません。当時の人々の世界観や哲学が、意味を持った「図像」として土に込められたものなのです。
「縄文時代って何?」と詳しく知らない方でも、井戸尻考古館の土器をひと目見れば、理屈抜きに心を打たれるものがあるはず。
ちなみに、館内は入り口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて見学するスタイル。受付で入館料を支払い、いよいよ神秘の縄文ワールドへ足を踏み入れます。
























縄文時代に農耕はあったのか?
縄文時代に「農耕」はあったのか。これまで多くの議論が重ねられてきました。
当時の集落周辺で見つかる花粉の量などから、自然界のバランス以上にクルミやクリの木が密集していたことが分かっています。どうやら縄文人たちは、意図的に木を選別し、管理していたようです。
特にクリは重要でした。実は食料に、幹は丈夫な建築材(家の柱など)にと、暮らしに欠かせない存在だったのです。
もともと冬に葉を落とす落葉樹の森は下草が育ちやすいのですが、人々が木を間引いて森を明るく保つことで、そこはマメ類やワラビ、ゼンマイといった食料となる植物にとって最高の環境となりました。
つまり、縄文人が行った「森の管理」こそが、マメ類などの成長を促し、栽培の文化を生み出す土壌になったのかもしれません。
弥生時代のような大規模な「農耕社会」とまではいかなくとも、多様な食料獲得手段のひとつとして、植物の栽培は確かに組み込まれていたのでしょう。
展示されている道具たちを眺めていると、「縄文農耕」と呼びたくなるような営みが、実は当たり前に行われていた可能性も大いにある。……そんな想像が膨らんで止まりません。






井戸尻文化の象徴|自己主張する土器たちが物語る、縄文の精神世界
井戸尻文化を象徴する、個性豊かな土器の数々。
なかでも藤内(とうない)遺跡から出土した土器は、縄文時代中期を代表する傑作揃いです。まさに、縄文造形美の頂点といっても過言ではありません。












展示室のには、いっそう独創的な文様を刻んだ土器たちが、ずらりと並んでいました。






























ずらりと並ぶ素晴らしい土器。紹介しきれないものあるので、ぜひ井戸尻考古館に足を運んでいただきたいです。
どこか愛嬌たっぷり。井戸尻考古館で迎えてくれる土偶さんたち


頭と上半身と下半身の三つに分割された状態で出土しました。接合してみるとそれは高さが23㎝にもなる大ぶりの土偶で、当時とすれば近隣に類を見ない大きさでした。八ヶ岳西麓の棚畑遺跡から出土した“縄文のビーナス”、同じく中ッ原遺跡から出土した“仮面の女神”(いずれも国宝 茅野市尖石縄文考古館蔵)のちょうど中間にあたる縄文時代中期後葉のもので、この時期としては現在でも最も大きなものです。短くしっかり踏ん張った足と、大きく張り出したお尻。胴はスラリッとのびやかで、大きく両腕を開く。空を振り仰ぐように顔を斜め上方に向け、胸を張る姿は、すがすがしくもあります。体に刻まれた文様は精緻で、同じ時期の土偶の中でも傑出した存在です。>>井戸尻考古館のサイトより。












縄文時代の人たちはオシャレ!
縄文時代の装飾品の代表格?「耳飾り」です。耳飾りは耳に穴をあけ直接はめこむタイプが主流でした。




企画展『おらあとうの考古学』(2025年6月22日まで)






四方神面文土器は、井戸尻遺跡から出土した、とっても造形美が素晴らしい土器です。井戸尻文化を代表する土器のひとつだと思います。
これほど独創的な土器たちが、当時はごく当たり前に、竪穴住居の中や外で煮炊きに使われていたというから驚きです。当時の人々にとっては、これが「日常の風景」だったのでしょう。


まだまだ紹介しきれないほど魅力的な土器や石器が、館内には溢れています。八ヶ岳の麓で育まれた「井戸尻文化」のエネルギーを、ぜひ現地で、生の迫力とともに体感していただきたいです。
竪穴住居が復元されている『井戸尻史跡公園』
考古館から徒歩5分圏内には、井戸尻史跡公園が広がっています。のどかな里山を背景に、小さな竪穴住居が復元されており、とても絵になる風景でした。








2年ぶりに訪れた井戸尻考古館。 いつ見ても素晴らしい土器ばかりで、縄文の世界がますます好きになりました。 やはり、縄文時代中期のエネルギーと造形美は、私にとって面白くてたまらない、大好き過ぎる存在です。
最後にご紹介したいのが、井戸尻の展示のなかでも造形美の頂点に立つとされる『神像筒形(しんぞうつつがた)土器』です。
残念ながら写真撮影は不可のため、ここでは冊子の写真を掲載しますが、迫力はやはり実物が別格!これこそ、ぜひとも現地で、ご自身の目で「生」の姿を拝んでほしい至高の逸品です。


<井戸尻考古館>
住所:〒399-0101 長野県諏訪郡富士見町境7053
開館時間:午前9時か~午後5時
休館日:月曜日・祝日の翌日・年末年始
入館料:一般大人300円、一般小人150円、団体料金あり。
交通:鉄道・JR中央本線「信濃境駅下車」、徒歩15分。
自動車・中央自動車道「小淵沢I.C.」より信濃境方面へ6キロ、約15分。
国道20号線上蔦木信号より信濃境方面へ2キロ上る、約5分。








