大平山元遺跡とは?最古級の土器が出土した後期旧石器時代から縄文時代草創期にかけての遺跡【企画展:世界遺産 縄文】

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3月8日、群馬県立歴史博物館で開催されていた企画展「世界遺産 縄文」を見てきました。

世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の遺跡を中心に出土した遺物を展示する企画展。そこで私が前から気になっていた遺跡「大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)」の展示がありましたので、ここで紹介したいと思います。

目次

大平山元遺跡とは

青森県東津軽郡外ヶ浜町字蟹田大平山元にある、後期旧石器時代から縄文時代草創期にかけての集落遺跡です。

遺跡は、1971年(昭和46年)に町内の中学生が拾った磨製石斧が注目されることになり、1975年(昭和50年)から1979年(昭和54年)にかけて発掘調査が行われました。その後、1989年(平成元年)から2017年(平成29年)にかけて継続的に調査が行われ、この地域における後期旧石器時代から縄文時代草創期にかけての生活の変化を知ることのできる石器や土器などの遺物が多数出土しました。

赤い四角のところが大平山元遺跡です

これら出土した遺物は、後期旧石器時代が3つ、縄文時代が1つに分類されます。なかでも、縄文時代の石器群と一緒に出土した土器はに付着していた炭化物の年代を測定(放射性炭素年代測定)したところ、約16,000年前という国内でも最古級の年代測定値が得られたことで、大きく注目されることとなりました。

また、この土器と一緒に、後期旧石器時代を代表する道具である「石刃」素材のものと、縄文時代を代表する道具である「弓矢」の一部(石鏃(せきぞく))が出土しています。これらは、ふたつの時代の特徴を併せもち、後期旧石器時代から縄文時代にかけて生活スタイルが段階的に変化していったことを示すものです。

日本最古級の土器

いまから約16,000年前に日本列島で土器が出現しました。当時はまだ寒冷な気候が続いていたため、土器は「温暖化」による生活の変化に伴い出現したものではなく、水産資源の利用などの生業活動の変化に伴って作られ始めたと考えられています。

無文土器

最古級の土器は、文様のない「無文土器」とよばれるもので、数も多くはありませんでした。

鉢の形をした平底の土器です。内面に炭化物が残っていることから煮炊きに用いられたと見られます。

大平山元遺跡「無文土器片」

隆線文土器・爪形文土器・多縄文土器

その後、土器が多く作られるようになり、隆線文(りゅうせんもん)や爪形文(つめがたもん)といった文様をもつ土器が出現します。なお、縄文の語源となった回転縄文(縄を開店させて文様をつけるもの)は、この時期の終わりごろからみられるようになります。

大平山元遺跡の土器:上から爪形文土器、左・隆線文土器、右・多縄文土器
爪形文土器:土器の表面全体に縄文人の爪やヘラ状の工具を押し付けて装飾しています
隆線文土器:土器の表面に細い粘土を何段も平行に巡らせて貼りつけています、底は尖るように作られています
細い粘土を何段にも平行につけています、器用で繊細な文様だなと思います
多縄文土器:縄文という装飾が使われるのはこの時期の土器からです、2種類の縄目を用いて装飾されています
縄目の文様が2つあるのが見えます

大平山元遺跡から出土した石器類

土器の出現とともに、石器も変化しました。

石刃(せきじん)を素材としてさまざまな道具をつくるという旧石器時代の道具の作り方を受け継ぎながらも、局部磨製石斧や石鏃などの新しい道具も作られるようになります。

大平山元遺跡の石器:打製石器、石錐、彫掻器
  • 石錐とは:剥片石器の一種で、獣皮や樹皮などに穴を開けるための工具
  • 彫掻器とは:彫器(彫る機能)と掻器(削る・なめす機能)の両方の特徴を併せ持つ複合石器
  • 打製石斧とは:木の伐採、枝払い、土掘りなど、木工具や土掘り具として使用。
大平山元遺跡の石器:削器
  • 削器とは:剥片(はくへん)の縁辺に細部調整を施し,刃部を形成した石器。 骨や木材の加工具,動物解体用の切断・削り具。
大平山元遺跡の石器:石刃
  • 石刃とは:そのまま、あるいは二次加工を施して、ナイフ、尖頭器(槍の先)、スクレーパー(削器)として肉や皮の切断に利用された。
大平山元遺跡の石器:ナイフ形石器・尖頭器・彫器
  • ナイフ形石器とは:石刃を素材として、ナイフの形に作られた石器。槍先に装着して突き刺す道具として使われました。
  • 尖頭器とは:槍先に装着して突き刺す道具として使われた。石器の両面全体を加工して木葉形に整えられています。
石器の色がキレイですね
大平山元遺跡の石器:掻器、削器、石刃
大平山元遺跡の石器:細石刃、細石刃核
  • 細石刃とは:骨や木の柄に溝を掘り、複数の細石刃をはめ込んで槍やナイフの刃として使用され、刃が欠けても交換可能な「替え刃式」の利点がありました。黒曜石はこれに適していた石材です。

史跡「大平山元遺跡」は、石器の材料となる岩石(珪質頁岩)が採取できる蟹田川の近くにあります。後期旧石器時代後半期から縄文時代草創期まで、石器などの特徴の移り変わりを追うことができる遺跡です。>>外ヶ浜町

大平山元遺跡は、旧石器時代から縄文時代への大きな転換点を示す重要な遺跡です。最古級の土器が発見されたこの場所は、日本の縄文文化の始まりを考えるうえで欠かせない遺跡といえるでしょう。

群馬県立歴史博物館で開催された企画展「世界遺産 縄文」での展示を見て、青森県に行って実際に大平山元遺跡を見学したいと強く思わせる展示でした。

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