【世界遺産 縄文】ヒスイから読み解く縄文人の交易とつながり(群馬県立歴史博物館 企画展)

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「ヒスイ」は、ヒスイ輝石が90%以上を占める単鉱岩の呼称です。

ヒスイ輝石は比重が約3.3~3.4あり、非常に緻密であることが特徴です。また、ヒスイは岩石学的に高圧変成岩に区分されます。きわめて高い圧力で形成されているため、密度が高く頑丈です。日本において、縄文時代に利用される品質と大きさをもつ「ヒスイ」は、新潟県西部の糸魚川ー青海地域が産地とされています。なお、主な「ヒスイ」製品には、磨製石斧や玉類があります。

目次

青森県つがる市:亀ヶ岡遺跡「ヒスイ製磨製石斧」

ヒスイ製磨製石斧

ヒスイが石斧に利用されることはごく稀であり、実用品ではなく、所有者の力を示すものと考えられています。威信財みたいなものでしょうか。

ヒスイにもいろいろな色のものがあるようです

岩手県盛岡市:川目C遺跡「ヒスイの玉」

いろいろな形の玉に作られています

大規模ムラである川目C遺跡から出土した玉です。全体の形状や孔のあけ方がさまざまです。

孔があいている場所もさまざまです。
ヒスイに孔をあける作業は、とてつもなく大変だそうです
いろいろな角度からヒスイの玉を見ていました

北海道千歳市:美々4遺跡「ヒスイの玉」

ヒスイは海を越えて北海道まで運ばれてました。美々4遺跡では、さまざまな形の玉が多く出土しています。勾玉の形をしたヒスイもありますね。

北海道千歳市「美々4遺跡」のヒスイの玉
もうちょっと明るくして写真を撮ってくればとかったと思いました…

青森県青森市:山内丸山遺跡「ヒスイ大珠」

山内丸山遺跡では、遺跡内でヒスイ製品を作っていました。本地域の大規模ムラでも稀な事例です。

ヒスイ大珠
コロコロとしたヒスイです
これもまた孔をあけるのが大変です

ヒスイ以外の石:ネフライト・アオトラ石

ネフライト

ネフライトは、Ca角閃石が90%以上を占め、緻密な繊維構造をもつ単鉱岩です。

地下約50キロメートル以上の圧力、約500℃以上、850℃以下の湿度条件による変成岩であるとされています。Ca角閃石の緻密な集合体であるネフライトは、打撃に強いことでも知られており、こうした物性の特徴によって、石斧として利用されていたと考えられています。産地は、長野県北部から新潟県西部、岩手県盛岡市東部で確認されています。

ネフライト製磨製石斧(川目A遺跡)

近くで採れる石材を利用して石斧を多く作りました。これらの石斧は東北各地へ運ばれたようです。

小さい石斧は何のためでしょうか

アオトラ石

アオトラ石は、北海道日高地方の額平川流域で産出される火成岩を原岩とする緑色の層状の変成岩です。

石の表面には、名前の由来となっている濃淡の異なる青緑色の縞模様が特徴的に観察されます。アオトラ石に代表されるような、青緑色の濃淡が縞状に見られる石斧でつくられた磨製石斧は東日本各地の縄文遺跡から見つかっています。北海道で採れた石材が、原石や製品の状態で広く流通していたことでこのような現象が見られます。

アオトラ石製大型磨製石斧(岩手県盛岡市:日戸遺跡)

長さ47.1センチもある長大な石斧です。中央には石材を分割して制作した痕(摩切痕)が見られます。

でっかいアオトラ石製磨製石斧です
山内丸山遺跡のアオトラ石で作った磨製石斧
全体を磨いて薄く整形しています。柄に装着するところはやや粗く刃は丁寧に磨いて仕上げています。

まとめ

今回の展示でヒスイをじっくり見て感じたのは、縄文人の「つながりの広さ」と「技術の高さ」でした。

新潟県の糸魚川周辺で産出されたヒスイが、青森や北海道にまで運ばれているという事実は、縄文時代の人々が想像以上に広い範囲で交流していたことを物語っています。ただの石ではなく、手間のかかる加工を施し、大切に持ち運ばれていたヒスイには、単なる道具以上の意味が込められていたのでしょう。

また、ヒスイだけでなく、ネフライトやアオトラ石といった各地の石材も広く流通しており、それぞれの地域資源を活かしながら交流が成り立っていたことも印象的でした。石という素材ひとつをとっても、縄文社会の奥深さが見えてきます。

ヒスイの輝きの向こうに見えてくるのは、遠く離れた地域同士を結びつけていた縄文人たちの営みです。今回の展示を通して、そのダイナミックな交流の世界を少しだけ垣間見ることができました。

今後もこうした視点で展示を見ていくと、遺跡や出土品の見え方がぐっと変わってくるはずです。縄文の魅力は、まだまだ奥が深いですね。

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