長野県長野県北佐久郡御代田町にある「浅間縄文ミュージアム」。
御代田町は、軽井沢町にも近い自然豊かな場所にあります。上信越自動車道の佐久I.C.から車で約10分ほどで到着するアクセスしやすい博物館です。
私はてっきり、浅間縄文ミュージアム単体の建物があるのかと思っていたのですが、実際には図書館などが入っている複合施設「エコールみよた」に併設されていました。
そのため最初は、「ここかな?違うかな?」と迷いながら通り過ぎてしまいました。しかし、もう一度エコールみよたの前を通ったとき、隣に「浅間縄文ミュージアム」の文字を発見。ようやく駐車場に車を停めることができました。
国指定重要文化財『焼町土器』
浅間縄文ミュージアムには、川原田遺跡から出土した「焼町土器」と呼ばれる縄文時代中期の土器が展示されています。この焼町土器は、国指定重要文化財にもなっています。
縄文時代中期の長野県から山梨県周辺の土器は、以前から「芸術作品のようだ」と感じていましたが、実際に目の前で見ると、その迫力は想像以上でした。

焼町土器(やけまちどき)は、縄文時代中期(約5,000年前)に長野県から群馬県を中心とする地域で流行した縄文土器です。火炎土器などと並び称されるほど立体的で芸術的な文様が特徴で、現在では国の重要文化財にも指定されています。
館内はとてもきれいで、博物館自体はそれほど大規模ではありません。しかし、奥の展示室に並ぶ焼町土器は圧巻です。
ガラスケースの中にずらりと並ぶ焼町土器は、一点一点が強烈な存在感を放っていました。
さすが国指定重要文化財です。
受付の方から「写真撮影は自由です」と案内があったので、じっくり撮影しながら見学できました。
家族連れの方々は楽しそうに会話をしながら展示室を回っていましたが、私は完全に土器に夢中。薄暗い展示室の中で、一つひとつの土器を食い入るように眺めながら、何枚も写真を撮っていました。
焼町土器の圧倒的なデザイン性
焼町土器を見てまず驚くのは、その独特な形です。
「どうしたらこんなデザインを思いつくのだろう」そう思わずにはいられませんでした。
しかも、これらは単なる飾りではなく、縄文時代の人々が日常的に使用していた土器です。
つまり、縄文時代の住居には、これほど芸術性の高い土器が普通に置かれていたということになります。
今でいう“おしゃれなインテリア”のような感覚もあったのかもしれません。
特に、土器上部の丸い装飾や、側面の曲線表現は本当に見事でした。
同じような文様が使われていても、それぞれの土器に個性があり、見ていてまったく飽きません。
丁寧につくられた造形や、曲線を活かしたデザインには、縄文人の美意識の高さを感じました。
中でも、V字形の装飾がついた土器は印象的で、今でもその感動を覚えています。
ガラスケース越しの展示だったため反射との戦いではありましたが、それでも夢中で写真を撮ってしまいました。
焼町土器NO.2
- 躍動感のある文様:土器の表面に「うねる」ような粘土の紐(隆線)を貼り付け、それに沿って曲線や渦巻き文様が大胆に描かれています。
- 円環状の大きな突起:縁の部分などにドーナツ状やリング状の巨大な立体突起が張り出しているのが大きなデザイン的特徴です。





どうでしょうか?
素晴らしい土器で芸術性がとても高すぎますよね。
焼町土器NO.6




焼町土器NO.1


写真を撮るとき、ガラスケースの反射がつらいですね。


おまけ|縄文時代の人を再現した展示
館内には、出土した骨をもとに再現された縄文時代の人物模型も展示されていました。
これがかなりリアルで、人形が少し苦手な私は、内心ビクビクしながら見学していました。

人物の足元には焼町土器が置かれており、当時の暮らしを想像しやすい展示になっています。
縄文時代の人々にとって、焼町土器は日常生活に自然に溶け込んでいたのでしょう。
実用品でありながら、美しさも兼ね備えているところに、縄文人の感性の豊かさを感じます。
やはり縄文時代の人たちは、とても“おしゃれ”だったのではないでしょうか。

土器を制作する親子
また、土器づくりは主に女性の仕事だったようで、展示では母から子へ技術が受け継がれていく様子も再現されていました。




縄文時代の暮らしや美意識を感じられる浅間縄文ミュージアム。
焼町土器の迫力を、ぜひ実際に現地で体感してみてほしいと思います。
