新潟県長岡市にある「馬高縄文館」は、縄文時代中期を代表する火焔型土器を数多く展示する博物館です。
新潟県は火焔土器文化の中心地として知られており、とくに信濃川流域では縄文時代中期に独自の土器文化が発達しました。
その中心となった遺跡が「馬高遺跡」です。
馬高縄文館では、馬高遺跡や三十稲場遺跡から出土した火焔型土器・王冠型土器・土偶などを見ることができます。
今回は、新潟旅行2日目に訪れた馬高縄文館を紹介します。
馬高縄文館の基本情報
所在地・入館料・展示内容
- 所在地:〒940-2035 新潟県長岡市関原町1丁目3060-1
- 入館料:200円
- 展示内容・火焔型土器・王冠型土器・土偶・石器・縄文時代の生活資料
火焔土器文化を知ることができる重要な博物館です。
馬高縄文館への行き方(長岡駅から)
馬高縄文館は長岡駅から少し離れた場所にあります。そのため、バスや車での移動が必要になります。
バスで行く場合
長岡駅大手口バスターミナル「5番乗り場」
柏崎駅行きバスに乗車し「関原南」バス停で下車
徒歩すぐの場所に馬高縄文館があります。
長岡駅には観光案内所があるため、初めて訪れる場合はここで行き方を確認しておくと安心です。私も観光案内所で詳しく教えていただきました。
新潟旅行2日目|馬高縄文館へ向かう
新潟旅行2日目。
朝8時半ごろホテルをチェックアウトし、長岡駅前のドトールでミラノサンドを食べました。
そのあと駅の観光案内所で、これから訪れる予定の・馬高縄文館・新潟県立歴史博物館への行き方を教えていただきました。
この2つの博物館は長岡インターチェンジ付近にあり、駅からは少し距離があります。
ただし両館は徒歩15分ほどの距離にあるため、セットで見学するのがおすすめです。
馬高縄文館に到着
バスに乗っている途中、突然大雨が降り始めました。さらに霰のようなものまで降ってきて、「これは大変な天気になったな」と思っていました。
しかしバス停に到着すると、奇跡的に雨が止み青空が見えてきました。思わず「ラッキー」と言いながら博物館へ向かいました。
馬高縄文館はとてもきれいな建物です。
館内に入ると見学者はほとんどおらず、しばらくの間はほぼ貸し切り状態でした。
これほど素晴らしい火焔型土器が展示されているのに、見学者が少ないのは少しもったいない気もします。



馬高縄文館の見どころ
馬高縄文館の最大の見どころは、やはり火焔型土器です。
館内には馬高遺跡から出土した火焔型土器や王冠型土器が数多く展示されています。
ずらりと並んだ火焔型土器は圧巻の迫力です。





口縁部が炎のように立ち上がる独特のデザインは、縄文土器の中でも特に芸術性が高いとされています。
王冠型土器や中部高地系土器なども展示されており、縄文時代の文化交流を感じることができます。




火炎土器の特徴


馬高縄文館では、火焔型土器の特徴をわかりやすく解説した展示があり、火焔型・王冠型・栃倉型など、土器のタイプの違いを比較することができます。



特に面白かったのが、火焔型土器のパーツを部分ごとに展示しているコーナーです。



頭上には火焔型土器の装飾部分が並べられており、どのように複雑な装飾が作られているのかを理解できます。
火焔型土器と王冠型土器


火焔型土器と王冠型土器のそれぞれの特徴を知ることができます。火焔型土器と王冠型土器は、かたちこそ似ていますが、王冠型土器は、突起間の端部に鋸歯状のフリルはなく、ゆるやかな曲線を示します。そして、口縁部、頸部、胴部には、火焔型土器の特徴であるダイナミックな文様と装飾がそれぞれ細かくきれいにほどこされています。
縄文人の高度な技術と造形センスに驚かされる展示でした。
火焔土器とは?馬高縄文館の中央に展示されている『火焔土器』
館内中央には「火焔土器」が展示されています。
火焔土器という名前は、昭和11年(1936年)に馬高遺跡で発見された1個の土器につけられた愛称です。
その後、同じ特徴をもつ土器は
・火焔型土器
・王冠型土器
と呼ばれるようになりました。
つまり「火焔土器」という名前は、特定の土器につけられたニックネームなのです。
ちなみにこの土器が発見されたのは大晦日だったそうです。




ほか展示されている火焔型土器と王冠型土器






火炎土器文化の中心地・新潟

火炎土器は縄文時代中期に流行した土器様式です。特に信濃川の中流〜上流域で発達し、現在の新潟県がその中心地でした。長岡周辺は火炎土器文化の重要地域のひとつとされています。

火炎土器が登場する以前、この地域では北陸地方の影響を受けた土器が使われていました。

展示では火炎土器の分布や用途についても紹介されています。そして、火焔型土器は煮炊きなどの調理に使われていたことがわかっています。




ミス馬高(かわいい土偶)と石器や土偶、アクセサリーなど
展示を見ていると、かわいらしい土偶を見つけました。
その名も「ミス馬高」。
小さな土偶ですが、どこか愛らしい表情をしています。
館内にはそのほかにも
・石器
・黒曜石
・耳飾り
など縄文時代の生活を伝える資料が展示されています。








史跡「馬高・三十稲場遺跡」
馬高遺跡(長岡市関原町1丁目)は、信濃川左岸の段丘上に位置する縄文時代の大集落です。約5,000年前、縄文時代中期に入ると全国的に遺跡数が著しく増加し、集落の規模も大きくなります。信濃川流域でも同様の動きがあり、長岡周辺にも大規模な集落があらわれました。馬高遺跡もそのひとつです。
昭和54年(1979年)、馬高遺跡は隣接する三十稲場遺跡とともに国の史跡に指定されました。その後、史跡整備に伴う発掘調査で大小ふたつの集落跡が確認されています。「火焔土器が発見された北側の大きなムラは、広場を中心に住居群や貯蔵穴・墓穴などを巡らす典型的な環状集落です。
馬高遺跡ではこれまでの調査で、コンテナ約700箱の遺物が出土しています。平成2年(1990年)に「火焔土器」が国の重要文化財に指定され、平成14年(2002年)には火焔型土器や土偶など主要な出土品299点が「馬高遺跡出土品」として追加指定を受けました。そのうち、復元された縄文土器は「火焔土器」を含む26点です。(馬高縄文館の冊子「馬高の火炎土器」から抜粋しました)
まとめ|馬高縄文館は縄文文化を体感できる博物館
長岡市にある馬高縄文館は、火焔型土器を中心とした縄文文化を学ぶことができる博物館です。
近くにある新潟県立歴史博物館のほうが来館者は多いようですが、馬高縄文館も見ごたえのある展示がそろっています。
特に火焔型土器の迫力は、写真では伝わらないほどです。
長岡を訪れた際には、新潟県立歴史博物館とあわせて馬高縄文館もぜひ見学してみてください。
縄文時代の芸術ともいえる土器の魅力を、きっと実感できると思います。

