縄文時代と聞いて、何を思い浮かべますか?
縄文土器や竪穴住居、狩猟採集の暮らし…そして「土偶」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
土偶は、縄文時代を代表する遺物のひとつであり、博物館でもよく展示されている人気の資料です。しかし、じっくり観察してみると、その姿は実に個性豊かです。女性のような体つきで、お腹がふっくらしていたり、独特な装飾が施されていたりと、一つとして同じものはありません。
では、土偶はなぜこのような形をしているのでしょうか?その意味や役割は何だったのでしょうか?
群馬県立歴史博物館で開催されていた企画展「世界遺産 縄文」では、こうした多様な土偶が数多く展示されており、縄文人の精神文化や祈りの世界を垣間見ることができます。
本記事では、企画展で実際に見学した土偶をもとに、その特徴や見どころをわかりやすくご紹介します。
三内丸山遺跡の板状土偶
青森県青森市にある縄文時代前期から中期の大規模集落が見つかった遺跡です。
「三内丸山遺跡」と聞くとだれもが知っている有名な縄文時代の遺跡だと思います。
山内丸山遺跡では、写真のような「板状土偶」が2,000点以上見つかっています。この時期の土偶は、板状の粘土に頭や腕、胸、胴、脚などを表現して人体を表しているものです。この遺跡でもっとも大きなものは32.5センチあります。十字形で体全体を表現し、東部には髪や眉、目、鼻、口、耳、顎といったパーツがそろいます。また、口から脚まで孔が貫通しており、体内の構造も簡素に表現しています。胴体部分には、瘤による胸や臍の表現がみられます。


板状土偶と土版とイカ形土製品(鐸形土製品)
ストーンサークルでは、祭祀や儀礼行為が行われたとされており、それぞれの遺跡からはこれを思わせる道具が多数出土しています。土偶や土版などは遺跡ごとにそれぞれ特徴がありますが、一方で鐸(たく)形土製品や円形土製品、三角土製品などは似たような形のものが共通して見られます。ただし、これらの種類や数量は遺跡ごとに異なっており、ストーンサークルそのものお構築の違いも含めて、地域差や祭祀の違いが考えられています。

写真の左側にある板状土偶は、秋田県北秋田市にある「伊勢堂岱遺跡(いせどうたいいせき)」、真ん中の土版は、秋田県鹿角市にある「大湯環状列石」、右側にあるかわいいイカ形土製品は、北海道森町にある「鷲ノ木遺跡」から出土したものたちです。

さきほどの山内丸山遺跡の土偶と同じように、胸と臍が瘤で表現され、頭部は立体的で格子状の表現が多様されています。

刺突や貫通孔により身体を表現しており、1から6までの刺突表現は数の概念があったとみられます。

イカ形土製品は、鐸形土製品で下部に大きな空洞があり、そして上部には縄文が見えますね。いかめしみたいな、ふっくらとしたイカ形でかわいいですね。



縄文人の誕生(土偶)
土偶のほとんどは女性をかたどったものであり、女性らしさが強調された表現からは母の姿が強く思い起されます。この背景には、縄文時代の出産事情が関係しているとみられます。出産には、医学が発達した現代でも危険が伴いますが、医学が未発達だった縄文時代は、母子ともに命の危険が伴うものでした。そのため縄文人は土偶をとおして、母子の無事を願い、祈りの象徴としての役割を土偶にもたせたものと考えられます。



土偶がしゃがむ理由(福島県福島市「上岡遺跡」しゃがむ土偶)
縄文時代にはしゃがんだ姿勢の土偶があり、腕を組むあるいは手を合わせる姿が印象的です。このすがたは、祈りの象徴とする説や、座産とよばれる座った状態での出産を表現している説があります。また、分娩や胎児、亡くなった人を表現しているとも解釈され、生と死の象徴とする説もあります。いずれにしても、その丁寧なつくりから、縄文人が特別な願いをこめていたことを見て取ることができます。




青森県八戸市「風張1遺跡」国宝:合掌土偶
座った状態で腕を膝の上に置き、手を合わせて指を組んでいる姿から「合掌土偶」と名付けられました。手を合わせた姿は祈っているようにも見えますが、下半身の表現から、座って出産する「座産」のようすをを表しているとも考えられています。腿の付け根や腕が割れており、その部分に接着剤であるアスファルトを塗って修理されています。顔の一部や体の一部には赤色顔料が残っていることから、当時は全体が赤く塗られていたと考えられています。


子どもへのおもい(手形・足形土製品)
東北・北海道地域でくらした縄文人は、現代の私たちと同じように、幼い子どもの手形や足形を残すことがありました。縄文時代には、今よりも衛生状態や食料事情が悪く、幼児の死亡率も高ったとみられることから、縄文人は、子どもの健やかな成長を祈るため、あるいは亡くなった子どもの形見として、これらを作ったのかもしれません。このような道具は、縄文時代から現代にいたるまで変わることのない、親子の愛情を象徴するものといえます。



垣ノ島遺跡
垣ノ島遺跡は、北海道函館市の海沿いに位置する遺跡です。日常生活を送る住居空間と非日常空間である墓域とに分かれており、これらを区別してくらしていたことがうかがえる遺跡です。墓からは、赤く塗られた土器や足形をつけた土製品など、珍しい遺物が出土しています。たくさんの足形土製品が展示されていますので、興味がある方はぜひ垣ノ島遺跡に行ってみてください(足形土製品は函館市縄文文化交流センターで見ることができます)


縄文人の成長(縄文の女神・中空土偶)
国宝:縄文の女神
高さが45センチあり、壊れた部分のない土偶では日本最大の大きさを誇ります。その全身は極端にデフォルメされています。脚は太く、自立するように作られています。突き出た胸や腹、尻、そして体の中央に上下に描いた正中線のようすから、妊娠を強調していると考えられます。顔にあたる部分には目鼻が表現されていない一方で、頭や胸には小さな孔があけられています。この孔には何かを差し込んで飾ったのかもしれません。




国宝:中空土偶
1975年に地元の女性によって偶然掘り出されました。中が空洞になっていることから「中空土偶」と名付けられています。両腕と頭の飾りが欠損しており、X線CT解析により、これらの部位は壊れやすく作られていたことがわかりました。はじめから壊すことを目的として作られた可能性が指摘されています。また、この土偶はやや右上を向いて直立し、右脚を前に出し、右肩を後ろに引いた姿勢です。これは歩行のようすを表現しているという説があります。(中空土偶も函館市縄文文化交流センターで見ることができます)


縄文人の装い
縄文時代の遺跡からは、多様なアクセサリーが出土します。髪飾りや耳飾り、腕飾り、腰飾りなど体のあらゆるところに身につけていたとみられ、これらは縄文人の「おしゃれ」や「ファッション」を思わせるものです。しかしながら、このようなアクセサリーは多くの遺跡から出土するものではなく、数も限定的であるため、すべての縄文人が身につけるには少なすぎます。このため、特定の人物あるいは場面のみ身につけていたものとも考えられています。
入れ墨と土製耳飾り
土偶には入れ墨の表現と考えられるものがあります。古くから、入れ墨は身元の識別や刑罰、または呪術的な目的で用いられてきたと言われています。また、抜歯とともに、痛みに耐えて成人となった証として入れた可能性も考えられています。
耳飾りには、現在のピアスのように耳たぶに孔をあけて着けていたとみられるものが多くあります。さまざまな形があり、装飾される模様も多くあります。これは、儀式や社会的な秩序と深く関係していたと考えられています。


髪を飾る(結髪土偶)
土偶の頭は当時の髪型をモデルにしていると考えられています。土偶で表現されている上を結い上げる行為は、その長さが邪魔になること以外に、年齢や所属を示す意味があったとする説があります。



縄文人と動物
自然と共に生きた縄文人にとって、動物は生きるかてであり、憧れと畏怖を抱く隣人であり、祈りを捧げる神獣でもありました。彼らが動物に思いを込めた証として、土や骨などを素材として動物をかたどった製品が発見されています。動物それぞれの特徴的なすがたや形には、現代人である私たちもその美しさやかわいらしさを感じることができます。しかしながら、縄文人がこうした造形にこめた祈りは、われわれが想像する以上に真摯で切実だったかもしれません。



重要文化財「動物形土製品」不思議な形をした動物です。平な場所に置くとき、美しいヒレをもつアザラシやオットセイに見え、これを斜めに傾けると水鳥のようにも見えます。脚がヒレのようになっているため自立せず、胴体に孔があけられていることから、これに棒をさす、あるいはひもを通して飾ったとも言われています。いずれかの動物に限定するのは難しく、自然と動物への洞察力の鋭い縄文人により再構成された動物であると考えられています。(北海道千歳市:美々4遺跡から出土したことから「びびちゃん」と愛称でよばれています)

世界遺産縄文の土偶を見学して(まとめ)
今回ご紹介したように、土偶や土製品には、単なる造形物としての面白さだけでなく、縄文人の祈りや暮らし、そして生と死に対する深い想いが込められていることがわかります。
女性の身体を強調した土偶、出産を思わせるしゃがむ姿、子どもの成長を願う手形・足形土製品、そして動物をかたどった造形物――それぞれが、縄文人の世界観や価値観を今に伝えてくれます。
また、同じ土偶や土製品でも地域ごとに形や表現が異なる点も興味深く、縄文文化の多様性を感じることができます。こうした違いに注目しながら見学すると、博物館での楽しみ方もぐっと広がります。
群馬県立歴史博物館の企画展「世界遺産 縄文」は、そんな縄文の魅力を一度に体感できる貴重な展示でした。今回の記事をきっかけに、土偶や縄文文化に少しでも興味を持っていただけたなら嬉しいです。
実際に博物館で本物(あるいは精巧な複製)を目の前にすると、その存在感や細部の美しさにきっと驚くはずです。ぜひ機会があれば、足を運んで縄文の世界を体感してみてください。
