いつものように縄文時代の企画展や土器について調べていたとき、思わず目を引く出土品に出会いました。群馬県桐生市にある「千網谷戸遺跡(ちあみがいといせき)」から出土した土製耳飾りです。
千網谷戸遺跡とは?群馬県桐生市にある縄文時代の遺跡
千網谷戸遺跡は、群馬県桐生市川内町にあり、市内を流れる渡良瀬川と山田川に挟まれた河岸段丘上に位置している遺跡です。1947年(昭和22年)に県立学校の教鞭を取っていた薗田芳雄により初めて発掘調査が行われました。そして、1977年(昭和52年)以降は、桐生市教育委員会により調査が重ねられ、縄文時代晩期前半の住居跡から大量の出土品が見つかるなど大きな成果を挙げました。大型の土製耳飾りは美術的にもたいへん優れ、また、石器や土器、土製品などが一括して調査された学術的価値により、1984年(昭和59年)、1号住居と4号住居跡の出土品が国の重要文化財に指定されました。
千網谷戸遺跡の場所
周囲は住宅街のような雰囲気で、史跡としては少し拍子抜けするような印象ですね。
千網谷戸遺跡から出土した土製耳飾り
千網谷戸遺跡では、透かし彫り技法を用いた大型の土製耳飾りが多数出土し、このタイプの耳飾りが遺跡の代名詞のようになっています。


土製耳飾りとはどのような装身具か
縄文時代の土製耳飾りとは、名前のとおり土製品で大型の耳飾りから小型の耳飾りまで大きさはさまざまあります。耳飾りの装着方法はいろいろあるのですが、今回取り上げている千網タイプのような耳飾りは、土偶や世界の民族例から知ることができ、耳たぶに大きな穴をあけて直接はめ込みます。
東京国立博物館にあるみみずく土偶なのですが、顔の両端には大きな耳飾りがあります。

千網谷戸遺跡の土製耳飾りの特徴
千網谷戸遺跡の土製耳飾りは、繊細な透かし彫り技法が特徴です。
千網谷戸遺跡の住居跡から削りくずや粘土塊(ねんどかい)が出土していることから、遺跡内で耳飾りが制作されていたことが明らかになっています。大型の耳飾りのほか、小型の耳飾りも出土しています。

小型の透彫付耳飾りは、縄文時代晩期に関東地方で流行し、大型の千網タイプの前身と考えられています。その一方で、同じ住居から、粘土が中に詰まっているタイプの耳飾りも出土しています。土製耳飾りは大きさがいくつかの段階にわけられ、成人や結婚など人生儀礼の中で付け替えられたと推定されています。
耳飾りはファッションだけではなく、大きさなどでつけている人の意味もあるようですね。










群馬県立歴史博物館の常設展で展示されている千網谷戸遺跡から出土した土製耳飾りを見学してきました。
今回は千網谷戸遺跡の土製耳飾りのみを見学してきましたが、この遺跡では耳飾りのほかにも多くの出土品が発見されています。1号住居跡からは土器や土製耳飾り、さらに耳飾りを制作した際に出た削りくずや粘土塊などが見つかりました。1号住居は焼失住居であったため、削りくずや粘土塊が被熱して残ったと考えられています。
また、4号住居跡からは縄文時代晩期前半の土器や石器、土製耳飾り、土偶などが大量に出土しました。中でも、高台に透かし彫りが施された土器や楕円形の皿、スプーン形の土器など、土器のバリエーションが増えている点が特徴です。特に楕円形の皿は装飾性に優れ、東北地方の大洞C1式土器の文様と共通する点も見られます。
千網谷戸遺跡は、特徴的な土製耳飾りだけでなく、縄文時代晩期の豊かな文化を伝える多様な出土品でも知られる遺跡といえるでしょう。
※群馬県立歴史博物館からいただいたパンフレットを参照しています。