【発掘された日本列島2024】ピリカ遺跡の石器と旧石器時代の高度な技術|千葉県立中央博物館

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千葉県立中央博物館で開催されていた企画展「発掘された日本列島2024」に行ってきました。

「発掘された日本列島」は、全国各地の発掘調査で明らかになった成果を紹介する巡回展です。2024年度は開催30回目を迎え、各地の貴重な出土品が展示されました。

千葉県立中央博物館
千葉県立中央博物館のアクセス
文化庁のサイト

今回は、千葉県民の日に合わせて見学できる施設を探していたところ、この企画展を知りました。

展示内容を調べていると、ぜひ見てみたい遺跡がありました。それが、北海道今金町にある「ピリカ遺跡」です。

旧石器時代の石器が大量に出土したことで知られるピリカ遺跡。今回の展示では、石器の製作技術や、当時の人々の暮らしを考えるうえで重要な資料を見ることができました。

目次

「発掘された日本列島2024」とは?文化庁主催の巡回展示

発掘された日本列島2024

発掘された日本列島」は、文化庁が各地の発掘調査成果を紹介するために開催している巡回展です。

全国では毎年約8,000件もの発掘調査が行われています。しかし、調査によって見つかった出土品を、実際に目にする機会は限られています。

この展覧会では、近年注目された発掘成果や、地域の歴史を伝える貴重な資料などをまとめて見ることができます。2024年の展示は千葉県立中央博物館を皮切りに、全国の博物館などを巡回しました。

普段はそれぞれの地域の博物館などで保管・展示されている資料を、一度に見られるのが魅力です。

今回、私が特に注目したのは北海道のピリカ遺跡でした。

北海道・ピリカ遺跡とは?旧石器時代の石器製作を解明する重要遺跡

北海道今金町にあるピリカ遺跡は、旧石器時代の遺跡です(漢字で書くと美利河です)

ピリカ遺跡は、今金町北東部の美利河地区に位置し、後志利別川流域の支流であるピリカベツ川左岸の段丘上に立地しています。地名「美利河」はアイヌ語の「ピリカベツ(美しい川)」に由来します。

これまでの発掘調査で、計20万点以上の石器が見つかっており、1万平メートルあたり約100点の石器が出土しています。大量の原石が持ち込まれ、石器が折り重なるように出土する状況からも、本遺跡は近隣に豊かな石材産地を持つ典型的な原産地遺跡であるといえます。

ダム建設を契機に発見され、発掘調査が行われました。調査では、旧石器時代の生活の様子を知ることができる焚き火跡や石器製作跡が確認されるとともに、北海道の旧石器文化研究の基軸となる石器群の層位的な確認と石器製作技術の解明につながる良好な資料が得られました。さらに、日本ではじめて旧石器時代の装身具である石製小玉(ビーズ)が発見されました。

北海道における編年研究に貢献

北海道は火山灰の堆積が薄く、石器が層位的に出土することが少ないため、石器群の新旧関係に不明な点が多く残されていました。しかし、ピリカ遺跡では石器の形態や制作技術などの内容の異なる複数の石器群が、層位的に上下関係をもって発見されました。これにより、石器群の年代的な変遷を把握する上で重要な知見が得られました。特に、これまでの位置づけが不明瞭だった蘭越型細石刃群が広郷型細石刃石器群より下位の層から発見されたことの成果は大きく、北海道における旧石器時代の編年研究の基準軸となりました。

編年研究への貢献

メノウ製石器と「焼き入れ」技術

メノウの焼き入れ(写真上部の赤というかオレンジになっているのは石核です)

メノウ製石器の多くは表面が赤く変色していて、加熱された形跡があります。製作前に加熱して変質させていたようで、これは「焼き入れ」とよばれる現代のメノウ加工技術と似ており、薄く剥離しやすくする効果があります。

メノウの石核
キレイですね
接合資料でもあるメノウの石核です

メノウの多くが槍先形尖頭器に用いられています。左のふあつは楕円形の両面調整石器で、この種の石器も一定数出土しています。メノウには透明感のある白色と赤橙の2種類が存在します。

両面調整石器(りょうめんちょうせいせっき)とは、石器の表・裏の両面に加工(二次加工)を施し、形を整えたり、刃を鋭くしたりした打製石器のことです。

両面調整石器と槍先形尖頭器
調整剝片接合資料
横あたりからみた接合資料

「石器の接合資料(せっきせつごうしりょう)」とは、遺跡から出土した石器や石片(剥片:はくへん)を、ジグソーパズルのように元の原石(石核:せっかく)の形に復元した資料のことです。単に石器が形を保っているだけでなく、製作過程で割れた断面同士をつなぎ合わせることで、当時の技術や行動を復元する非常に重要な資料です。

石器は完成した姿を見るだけでも興味深いものですが、どのように加工されたのかを考えながら見ると、また違った面白さがあります。

接合資料が示す高度な石器製作技術

丹念な整理作業で得た接合資料からは、石器製作工程の復元的研究も進展しました。接合が容易な頁岩(けつがん)の特質を生かし、石核から細石刃を剥ぎ取る細石刃剥離技術では「美利河技法」という新たな標式となる技法が見いだされました。

また、頁岩製の30センチ以上の長大な石刃は、ピリカ遺跡を象徴する資料です。

石核の打撃部には丁寧な調整が施され、剥離に必要な力を一点に集中させる高度な技術がみられます。その制作方法は、現代の研究者にも再現が困難なもので、「石刃剥離技法の頂点」と評されています。

高度な石器製作技術
接合資料と剝片石器

石をどのように打てば、狙った形の石片を取り出せるのか。石の性質を理解し、力の加え方を調整する必要があったのでしょう。

現代の私たちが石を割ろうとしても、思い通りの形にするのは簡単ではありません。そう考えると、旧石器時代の人々が持っていた技術の高さに驚かされます。

ピリカ遺跡最大の接合資料

ピリカ遺跡最大の接合資料です。

周囲の43点の石刃や剝片が中央の石核にすべて接合する資料です。石核の高さは34センチで、剥ぎ取られた石刃も最長で36センチにもなります。

接合資料個体(ピリカ遺跡最大の接合資料)

これだけ大きな石核から、長い石刃を取り出していたことに驚きます。

石刃を取り出すには、石核の状態を見極め、適切な場所に力を加える必要があります。打撃部を丁寧に調整するなど、石の性質を理解した技術が使われていたことがわかります。

一つひとつの石片が、もともとは同じ石から生まれたものだと考えると、展示の見え方も変わってきます。

ばらばらに見える石片を組み合わせることで、当時の人々がどのように石器を作っていたのか、その工程を具体的にたどることができるのです。

氷河期克服の証「炉の発見」

ピリカ遺跡では、石器とともに炭化物が密集した場所も見つかっており、これは炉と考えられています。炭化物の一部を樹種同定した結果、すべて針葉樹でグイマツが含まれていました。現在の北海道にも見られるアカエゾマツやシラカンバの他、グイマツが多く、当時は現代よりも寒冷で乾燥した気候であったことがわかりました。こられの結果から、近くの針葉樹を薪にして暖を取り、氷河期をのりこえた姿が浮かび上がります。

炉の発見
右側に炭化物

旧石器時代の北海道は、現在より寒冷な環境にありました。火は暖を取るだけでなく、食料の調理などにも役立ったと考えられます。

石器の製作技術だけでなく、火を利用しながら厳しい自然環境の中で暮らしていた人々の姿も想像できる展示でした。

白滝遺跡の黒曜石と石製小玉

白滝遺跡の黒曜石

展示では、北海道の白滝遺跡に関わる黒曜石の資料も見ることができました。

以前、黒曜石の産地や石器づくりについて調べたことがあるので、こうした資料にも自然と目が向きます。

黒曜石は割ると鋭い刃を作ることができるため、石器の材料として重要な役割を果たしました。産地が限られていることから、遠く離れた地域への移動や交流を考える手がかりにもなっています。

そして、ピリカ遺跡から出土した「石製小玉(ビーズ)」の解説パネルがありました。

ビーズそのものの展示はありませんでしたが、旧石器時代の装身具としては珍しいものです。

旧石器時代の装身具

石器というと、狩りや作業に使う道具を思い浮かべがちです。しかし、装身具の存在は、当時の人々が実用的な道具だけでなく、身を飾るものも作っていたことを考える手がかりになります。

旧石器時代の人々の暮らしを想像するとき、こうした小さな資料にも注目してみたいと思いました。

まとめ|ピリカ遺跡に行きたくなる展示

「発掘された日本列島2024」で見学したピリカ遺跡の展示は、旧石器時代の石器製作技術について、改めて考える機会になりました。

特に印象に残ったのは、多くの石片がつながる接合資料です。石器の完成形だけではわからない、石を割り、形を整え、道具を作り上げていく工程を考えることができました。

また、石器や炭化物などの資料を通して、当時の人々が自然環境の中でどのように暮らしていたのかを想像できたことも、興味深い点でした。

展示を見終えたあと、私は「実際にピリカ遺跡を訪れてみたい」と強く思いました。

今金町には、ピリカ遺跡について学べる「ピリカ旧石器文化館」もあります。今回の展示をきっかけに、いつか現地を訪れ、石器が発見された土地の様子も自分の目で確かめてみたいです。

参考書籍

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