【企画展:世界遺産 縄文】東北の遮光器土偶を解説|亀ヶ岡文化が生んだ不思議な造形美

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縄文時代の土偶のなかでも、ひときわ異彩を放つ存在——それが「遮光器土偶」です。ゴーグルのような大きな目、精巧で独特なフォルムは、一度見たら忘れられない魅力を持っています。とくに東北地方に広がった亀ヶ岡文化では、この遮光器土偶が数多くつくられ、地域を越えて似た特徴をもつことが知られています。
なぜこれほど似た形が広く共有されたのか。そこには当時の人々の技術だけでなく、祈りや精神性のつながりがあったのかもしれません。本記事では、東北各地の遺跡から出土した遮光器土偶を見比べながら、その共通点や個性、そして縄文人の世界観を見ていきます。

目次

東北の遮光器土偶の世界

東北地方を中心に展開した亀ヶ岡文化では、まつりで用いられたとみられる様々な道具がつくられました。その代表的な存在が「遮光器土偶」です。「遮光器」とは北方の民族が雪の反射光を防ぐために使う道具で、土偶の目がそのように見えることから名付けられました。高度な技術をもちいて複雑な形につくられた遮光器土偶は、東北地方の広い範囲でおなじような形のものが発見されています。このことは、亀ヶ岡文化を担った縄文人が、技術や精神性を共有していたことを示しています。東北各地の遮光器土偶から、その共通性と特徴について見ていきます。

藤株遺跡(秋田県北秋田市)の遮光器土偶と星宮遺跡(秋田県大仙市)の遮光器土偶

藤株遺跡(秋田県北秋田市)の遮光器土偶と星宮遺跡(秋田県大仙市)の遮光器土偶

藤株遺跡の遮光器土偶は、両足が欠損し、頭頂部にはやや大きな突起、1個の孔で表現された口、二又になる手先が特徴です。星宮遺跡の遮光器土偶は、胸部に唐草模様の装飾が巡らされており、上半身に赤彩が残っており全体が赤く塗られていたとみられます。

二又になる手先です。かわいいですね。

亀ヶ岡遺跡(青森県つがる市)の遮光器土偶と八日町遺跡(青森県三戸町)の遮光器土偶

亀ヶ岡遺跡(青森県つがる市)の遮光器土偶と八日町遺跡(青森県三戸町)の遮光器土偶

亀ヶ岡遺跡の遮光器土偶は、1987年(明治20年)に苗を育てる田んぼから出土しました。胸部には唐草模様の曲線的な装飾があります(重要文化財)。八日町遺跡の遮光器土偶は、胸部に曲線的な文様が、頭部には粘土を波状に付けた装飾があります。上からのぞくと空洞が見えます。

遮光器土偶を上からのぞくように見るのもおすすめです。遮光器土偶の頭部はとても特徴がありますね。

豊岡遺跡(岩手県岩手町)の遮光器土偶と手代森遺跡(岩手県盛岡市)の遮光器土偶

豊岡遺跡(岩手県岩手町)の遮光器土偶と手代森遺跡(岩手県盛岡市)の遮光器土偶

豊岡遺跡の遮光器土偶は、全身がややまるみをおびています。後頭部には強く擦れた痕跡があり、動かして使用していた可能性があります。手代森遺跡の遮光器土偶は、発掘調査でバラバラの状態で発見されました。顔がやや右に傾くようにつくられています。

遮光器土偶の後ろ姿

恵比須田遺跡(宮城県大崎市)の遮光器土偶

恵比須田遺跡(宮城県大崎市)の遮光器土偶

壊れたところがほぼなく「石囲い」から見つかったことから、特別な扱いをされていたとみられる土偶です。

縄文のビーナスと共通するところがある特別な土偶なのかも??しれません(勝手に思う)
遮光器土偶の頭部もいろいろあって面白いです

東北各地で見つかる遮光器土偶を見比べてみると、共通する特徴の中に、それぞれの地域や作り手の個性がしっかりと息づいていることに気づかされます。似ているようで少しずつ違う表情や装飾は、縄文人の豊かな感性や想像力を感じさせてくれます。

また、丁寧に彩色されたものや大切に扱われた痕跡が残るものからは、単なる造形物ではなく、祈りや儀礼の中で重要な役割を担っていたこともうかがえます。遮光器土偶は、当時の人々の暮らしと心のあり方を今に伝える、貴重なメッセージそのものといえるでしょう。

東北の地に広がったこの不思議で魅力的な造形の世界。もし博物館で出会う機会があれば、ぜひ正面だけでなく、横や後ろ、そして上からもじっくり眺めてみてください。きっと、あなただけのお気に入りの“表情”が見つかるはずです。

※世界遺産縄文の冊子を参照して記事を書いています。

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