2月21日、千葉市生涯学習センターで開催された「縄文時代のヒスイ利用と加曽利貝塚の玉類」という講演会に参加してきました。講演会終了後は、千葉市立郷土博物館で開催されている、千葉開府900年記念企画展「千葉氏と城館」を見に行きました。
千葉市立郷土博物館はリニューアル工事が行われ、館内の展示室も一新されたと聞いていたため、企画展とあわせて常設展も見学することにしました。私の関心は原始・古代分野にあるため、千葉城4階の「原始・古代」コーナーを中心に、縄文土器などの展示を見学してきました。
千葉城(亥鼻城)と千葉市立郷土博物館
千葉市立郷土博物館は、千葉都市モノレール駅「県庁前」から徒歩10分ほど。千葉城(亥鼻城)内にある、城内にある面白い博物館です。いちばん上の階からは、千葉市内が一望できます。


千葉氏の歴史はこちらをご覧ください。>>千葉氏の歴史(千葉市のサイトです)
千葉市立郷土博物館は入館料無料です。
受付では係の方にどこから来たのかを聞かれたので、千葉県内の自分の住んでいる市を答えました。
受付を済ませて館内に入ると、まずリニューアルされた千葉城の紹介展示があり、その奥に企画展示室があります。さらにエレベーターで最上階まで上がり、そこから下の階へと降りながら常設展を見学していく流れになっています。




4階「原始・古代」エリア
千葉市立郷土博物館の「原始・古代」展示では、主に千葉市内の遺跡から出土した資料が紹介されています。
展示点数は決して多いとは言えませんが、ひとつひとつが見応えのある良質な遺物ばかりで、じっくり見学する楽しさがあります。
また今回、初めて知った「腰飾」についても、素人なりの視点でまとめてみたいと思います。
縄文土器
千葉市立郷土博物館に展示されている縄文土器は、数こそ少ないですが、どれも形が良い土器ばかりでした。

右側に、加曽利貝塚のPR大使「かそりーぬ」がチラ見していますが、展示している資料のとなりには、千葉市にある史跡などが初回されています。壁には同じく詳しく解説もありますので、読み応えもあり飽きることなく見学できると思います。

阿玉台式土器(あたまだいしきどき)は、約4,500〜5,000年前の縄文時代中期前半に東関東(千葉・茨城・栃木)を中心に分布した土器です。千葉県香取市の阿玉台貝塚を標式遺跡とし、粘土に金雲母が混ざりキラキラと輝く特徴があります。扇状の把手や、立体的な山形突起、胴部に垂れ下がる懸垂文が特徴的です。

堀之内(ほりのうち)式土器は、縄文時代後期前葉(約4000〜3700年前)に関東地方を中心に栄えた、市川市の堀之内貝塚を標式遺跡とする土器。縄文を地紋とし、その上にS字状や渦巻き状の沈線文様を描く磨消縄文(けしけしじょうもん)が特徴で、朝顔形に開く口縁部が有名。
称名寺(しょうみょうじ)式土器は、約4000年前の縄文時代後期初頭に、関東から甲信地方で使われた土器です。横浜市金沢区の称名寺貝塚を標式遺跡とし、細かい縄文と太い沈線による渦巻文やJ字状の磨消(すりけし)縄文が特徴。主に深鉢で、西日本の影響を受け、上から見ると菱形や波状口縁を持つなど美しい造形が特徴です。


安行式土器(あんぎょうしきどき)は、縄文時代後期末から晩期前半(約3000年前)に関東地方を中心に栄えた土器文化です。埼玉県川口市の猿貝貝塚を標識遺跡とし、華やかな注口土器や顔面把手、沈線文(凹線)による複雑な文様が特徴で、縄文時代の終焉を飾る文化として知られます。

縄文時代の中でも、それぞれ時代区分が違いますが、どれも見ごたえ抜群の土器たちでした。形や文様の違いなどがわかりやすく展示されています。
土偶と石棒と装飾品

ミミズク土偶と山形土偶が展示されていました。
愛らしい顔のミミズク土偶と、形がユニークな山形土偶。ミミズク土偶は、耳に大きな耳飾りがあり、縄文時代の髪型がわかる土偶でもあります。

こちらの土製耳飾りの使い方は、耳たぶに穴をあけ土製耳飾りをうめこみます。

有吉南貝塚出土の腰飾り
千葉市緑区に所在する有吉南貝塚は、村田川下流右岸の台地上に位置し、貝塚をともなう縄文時代中期の環状集落跡で、中央に広場を有し、その周囲に住居跡と貯蔵穴群を巡らせ、さらにその周縁に貝塚を形成している。東京湾沿岸に集中する大型貝塚をもつ集落跡のひとつである。>>千葉県のサイトから
このうち、元は竪穴住居跡であった354号跡から、頭に深鉢を被り、腰に飾り物を施した埋葬人骨が出土した。これは甕被り葬(かめかぶりそう)などと称する葬法である。埋葬にともなう遺物としては、被葬者が被っていた縄文土器1点(キャリパー形深鉢:遺存高39.5cm)のほか、鯨骨製の箆状腰飾1点(長さ22.4cm)、イモガイ製の環状垂飾1点(長径2.5cm)が確認されたが、これによって、これまで使途不詳であった装飾品が腰部に着装されていたことから、腰飾りであることがわかった。おそらく、大規模集落の男性リーダーを象徴する装身具であったと考えられる。>>千葉県のサイトから

私がまだまだ知識がないだけなのだろうけど、縄文時代中期の時代にこういう方々がいたのだと、ここ千葉市立郷土博物館で知りました。しかも、貝輪は知っていましたが腰に装身具をつけているという、縄文時代ひとたちの装飾について知識が増えた気がしました。縄文時代の威信財ということでしょうか。

今回は簡単ではありますが、千葉市立郷土博物館で原始・古代の展示を見学してきました。
千葉市には、国の特別史跡である加曽利貝塚をはじめ、数多くの史跡が点在しています。
千葉市立郷土博物館は入館料無料で気軽に訪れることができ、原始・古代から近代まで、千葉の歴史を幅広く知るきっかけとなる施設です。
千葉の歴史に興味のある方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。



