【縄文時代好き必見】無料でここまで見られる!國學院大學博物館

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大学の博物館に行ったことありますか?

私がおすすめする國學院大學博物館は、私が大好きな縄文時代の土器がとっても充実している博物館です。特におすすめなことは、あの「火焔型土器」が、新潟県に行かなくとも、東京都で見られるという、こんな素晴らしい博物館はありますでしょうか?(あるかもしれないけど)

國學院大學博物館は、渋谷駅から徒歩15分ほど。駅からちょっと歩くなあという印象です。

國學院大學博物館は、縄文土器や土偶、埴輪など、日本考古学の資料を数多く展示している博物館です。館内には火焔型土器や加曽利E式土器など、縄文好きにはたまらない展示が並び、しかも入館無料という非常に魅力的な博物館となっています。

今回は実際に見学して感じた、火焔土器の迫力や加曽利E式土器の魅力について紹介したいと思います。

目次

縄文土器の展示がとにかくすごい

國學院大學博物館の入館料は無料で、お手軽に縄文土器を見学することができます。縄文時代でもさまざなま時期の土器、さまざまな標式土器、さまざまな形の土器など、ここだけでも縄文時代の土器について学べるくらいに充実しています。

國學院大學博物館は縄文土器がめっちゃ充実しています
縄文時代中期の土器もさまざまたくさんあります
縄文時代後期の土器もたくさんありました

國學院大學博物館の入り口に展示されている火焔型土器

今回私が國學院大學博物館に来た理由は、火焔型土器を1度でいいから見てみたいという強い気持ちを叶えるためです。

そして11月に私は火焔型土器のふるさと?新潟県十日町市と長岡市に行きました。もちろん、國學院大學博物館で展示されている火焔型土器も、とっても素晴らしい土器です。

火焔型土器は、縄文時代中期に新潟県周辺で作られた縄文土器です。

燃え上がる炎のような装飾が特徴で、その独特なデザインから縄文時代を代表する土器として知られています。特に新潟県長岡市の馬高遺跡から出土したものが有名で、「馬高式土器」とも呼ばれています。

実際に本物を見ると、写真で見るよりもはるかに立体感があり、「縄文人はなぜここまで装飾にこだわったのか」と圧倒される迫力がありました。

國學院大學博物館に展示されている「火焔型土器」
どこからどう見ても、素晴らしい火焔型土器です
火焔型土器の特徴:鶏頭冠把手
ハート型の窓も火焔型土器の特徴です
ギザギザ突起とくぼみの穴も火焔型土器の特徴です
縄文時代の土器なのに縄の文様がひとつもありません

火焔型土器(かえんがたどき)は、約5000年前の縄文時代中期に信濃川流域(主に新潟県)で栄えた、燃え上がる炎のような形状が特徴の土器です。4つの大仰な突起(鶏冠状把手)や、複雑な渦巻・隆帯文様が特徴で、芸術性と機能性(煮炊き用)を兼ね備えた、日本遺産にも認定されている国宝の文化財です。

写真で何度も見ていた火焔型土器ですが、実物を前にすると迫力がまったく違いました。炎のように立ち上がる装飾、複雑に絡み合う文様、そして縄文人の圧倒的な造形センス。「本当に約5000年前の土器なのか」と思うほどの存在感でした。

縄文時代早期・前期の土器

縄文時代早期の土器には、文様が施されていない「無文土器」で、数も多くはなく、内面には炭化物が残っていたりすることから、煮炊きに用いられたとみられます。

その後、土器が多く作られるようになると、隆線文(りゅうせんもん)や爪形文(つめがたもん)といった文様をもつ土器が出現します。

縄文時代早期の土器

縄文時代前期の土器

國學院大學博物では、縄文時代前期の土器「諸磯式土器」が多く展示されています。

諸磯貝塚(もろいそかいづか)、または諸磯遺跡(もろいそいせき)は、神奈川県三浦市三崎町諸磯字新堀にある縄文時代の遺跡。縄文時代前期の土器型式諸磯a,b,c式の標式遺跡である。三崎海食台地から浜諸磯へ至る道路の両脇、標高約30メートルの台地上から北斜面の一部にかけてが遺跡の範囲になっている。1967年(昭和42年)3月28日付、三浦市指定史跡(指定名称は「諸磯遺跡」)>>ウィキペディア参照

縄文時代前期の土器(諸磯式土器)

諸磯式土器

諸磯b式土器
諸磯b式土器
諸磯b式土器
諸磯式土器と円筒下層式土器(右下の細長い土器です)

ひとことに諸磯式土器といっても、深鉢・浅鉢土器と、さまざまな形の土器がありますね。

円筒下層式・上層式土器

円筒下層式土器、円筒上層式土器も展示されています。

円筒土器は、北海道南部から東北地方北部にかけて使われていた土器です。

円筒下層式土器(えんとうかそうしきどき)は、主に縄文時代前期(約5900~5400年前)に、北海道南部から東北地方北部にかけて使われた深鉢形土器です。平底の直立した円筒形(バケツ型)が特徴で、植物繊維を混ぜた胎土の表面に、多彩な縄文(撚糸や回転文)が施されている点が最大の特徴です。>>ウィキペディア参照

円筒上層式土器
文様が細かく施されています

左右対称な感じで、縄文人の繊細さや正確さが出ている感じがします。

円筒上層式土器

縄文時代中期の土器

縄文時代中期の土器

加曽利式土器

縄文時代中期の土器に「加曽利式土器」があります。

加曽利式土器は、千葉県にある特別史跡「加曽利貝塚」から出土した土器で、加曽利式土器の標式遺跡になっています。

加曽利式土器

加曽利式土器の特徴は、くびれた頸部から胴部が豊かに膨らむ曲線美。口縁部が「キャリパー形」と呼ばれる特徴的な形に成形されることが多いです。

加曽利式土器

加曽利E式土器の特徴であるきれいなくびれと口縁部の装飾に惚れ惚れしますね。

加曽利式土器と曽利式土器
加曽利式土器と曽利式土器(右の真ん中あたりにある土器です)

勝坂式土器

勝坂式土器(かつさかしきどき)は、縄文時代中期前半(約4500年前)に関東・中部地方で栄えた、豪壮で立体的な装飾が特徴の土器です。粘土紐を貼り付けた複雑な文様、人や蛇・蛙を模した大型の「顔面把手(とって)」、厚手で丈夫な深鉢形式が代表的で、美術的価値も高いと評価されています。

勝坂式土器
勝坂式土器

勝坂式土器のダイナミックな装飾を見るならば、ぜひ!山梨県と長野県にある博物館を訪れることをおすすめします。

火焔型土器は、冒頭で紹介した形が多いのですが(火焔型土器の装飾には法則があるのです)、火焔型土器のふるさと新潟県の博物館には、それ以上にずらりと並ぶ火焔型土器の迫力を感じとってもらいたいです。

縄文時代中期の土器「火焔土器
加曽利式土器の上にあるのは火焔土器というよりは王冠型土器?

縄文時代後期・晩期の土器

縄文時代後期の土器・代表的な土器「堀之内式土器

堀之内式土器

堀之内式土器(ほりのうちしきどき)は、縄文時代後期前半(約4,000年前)の関東地方を中心に分布する標式土器です。千葉県市川市の堀之内貝塚で発見され、渦巻や「U」字を反転させた沈線文様が特徴的です。精緻に研磨された黒色の精製土器と、粗製土器の区別が明確になった時期で、注口土器が多く造られました。

堀之内式土器
堀之内式土器
堀之内式土器の注口土器

縄文時代後期から、注口土器といういまでいう急須みたいな土器が多く出現します。注口土器でいえば、現代でも同じような形で使用しているのですから、何千年前といえども、さほど変わっていないところがあるといえますね。

加曽利B式土器

さきほど見てきた縄文時代中期の土器にあった加曽利式土器は、加曽利E式土器といわれ、縄文時代後期に出土した土器は、加曽利B式土器といわれています。

加曽利B式土器

加曽利式土器は、同じ名前といえども形がほとんど違います。その違いもあわせて見比べてみるのも良いかもしれません。

大洞B式土器・大洞C式土器

大洞B式土器

大洞B式(おおほらBしき)土器は、岩手県大船渡市の大洞貝塚を標識遺跡とする、縄文時代晩期(約3,000〜2,200年前)前半の東北地方を中心に作られた代表的な土器形式です。亀ヶ岡式土器群の初期〜前期に位置付けられ、平行沈線や三叉状入組文(さんさじょういりくみもん)などが特徴です。

大洞B式土器

大洞(おおぼら)C式土器は、縄文時代晩期(約2500年前、今から約3,000〜2,200年前)に東北地方を中心に作られた亀ヶ岡式土器の代表的な土器形式の一つです。岩手県の大洞貝塚を標式遺跡とし、磨消(すりけし)縄文や雲形文、三叉文などの高度で精緻な文様、漆塗りが施された美しい土器が多く見られます。

大洞C式土器
大洞C式土器
大洞C式土器

大洞式土器や亀ヶ岡土器などは、縄文時代の土器の集大成?といえるほど、文様が美しく繊細で、漆の技術も完成されたといってもいいくらい、現代の工芸品とさほど変わらないのでは?と思えるほど素晴らしい土器ばかりです。

まとめ

東京都渋谷区にある國學院大學博物館では、縄文時代早期から晩期まで、さまざまな縄文土器を一度に見ることができます。

火焔型土器や加曽利式土器、勝坂式土器、大洞式土器など、縄文好きなら思わず見入ってしまう土器ばかり。しかも入館無料というのも大きな魅力です。

実際に本物の縄文土器を目の前で見ると、写真では伝わらない立体感や迫力に圧倒されます。

「縄文土器を見てみたい」「縄文時代に興味がある」という方には、ぜひ一度訪れてほしい博物館です。

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